立体集団ガリネル主宰
南志保さん
舞台美術家・空間デザイナー・
アートディレクター
1971年、福岡県生まれ。
武蔵野美術大学建築学科卒業後、舞台美術家としてキャリアをスタート。
舞台ならではのカラクリや仮設空間が持つエネルギーに魅了され、やがてその驚きを日常の空間にも仕掛けたいと考え、立体集団ガリネルを設立。
空間と物語の関係性を軸に、人の感情に働きかけるデザインと独自の表現を追求している。舞台美術をはじめ、空間デザイン、アート、企業ブランディング、パッケージデザイン、ビデオアートなど、領域の狭間、そしてそれらを横断する創作活動を展開。
https://www.gullinel.jp/
小さい頃は内弁慶だったと思います。家では元気なんですけど、学校とか外に出ると急に小さくなるような子でした。今考えると砂場で砂遊びをして、何か作ったりっていうのは良くやっていたなと思います。
LEGOが本当に好きで、両親に何か買ってもらう時も自然にLEGOを選んでいました。
今思うと、異常なくらい物を大事にする子どもでした。特に父と母からもらったものは、すごく大切にしていたような思い出があります。理由は、母がくれたとか、父が買ってきてくれたとか、もらった時の背景の方を大切にしていたのかもしれないなと思います。
中学2年生のとき、デザイナーだった母の本棚でたまたま手に取ったデザインの本がありました。その本に人間工学の話が出てきて、「椅子一つでも人の身体や動き、心地よさから寸法が決まっているのよ」と母から教えられました。
きれいだから、かっこいいからではなくて、「人がどう感じ、どう使うか」から形が生まれる。その考え方にすごく惹かれました。
大学進学を機に福岡から東京へ出ました。将来は舞台美術の仕事をすると決めていた私は、美術の中でもあえて建築学科を選びました。
母に、一番大きなスケールで立体を学んだ方がいい、建築から入れば小さな空間に移っても全体を大きく捉えられるから、と言われたのが理由です。
それで美術系の建築学科を専攻しました。
舞台美術を目指す、そのもっと手前には、幼い頃に出会った中森明菜さんの存在があります。テレビで見たとき、この人は自分にとって特別な存在だと、直感的に感じていました。
ただ憧れるのではなく、「同じ場所に立てる仕事がしたい」。
そう思うようになったのは中学生の頃だったと思います。
舞台美術なら関われるかもしれない。
彼女の舞台なら作れるかもしれない。
その思いは、進路を選ぶ中でもずっと心の中にありました。
大学卒業後は、舞台美術に直結した会社に就職しました。
いろいろな回り道はありましたが、実際にその思いが叶った日があります。
ただ、その日は父を見送った日でもありました。
強く願っていたことと、大切な人との別れが同時に訪れた、
忘れられない一日です。
舞台の仕事を続ける中で、いつかはフリーになりたいっていう夢があったのですが、それを叶えたタイミングで私は一度すべての仕事をやめました。
正直、疲れ切ってしまって「いったん全部手放そう」と思ったんです。
日本を離れて、タイ、インド、そしてヨーロッパを旅しました。
ユーレイルパスで列車に乗り、ユースホステルに泊まりながら、毎朝「今日はどこへ行こうか」を決める生活。電車に乗って車窓を眺めながら、いろんなことを考えていました。大事なものと、日々変わるもの、繰り返されるものとがシステム化されて「バッグ一つで生きていける」生活はすごく楽しかったです。
仕事の疲れが少しずつ抜けて吹き飛んでいって、
「いろんなことを人のせいにしていたのは全部自分だったんだ」
私そろそろ帰ってもいいなと思ったんです。
帰国後すぐに舞台には戻らず、グラフィックアーティストで友人の牧かほりさんのアート制作の手伝いを始めました。
その傍らで、2年間ほどクリーニング店やホテルのベッドメイキングなどのアルバイトも経験しました。
ベッドメイキングのお仕事では、短い時間で正確に部屋を整えるための順番があって、“こうするときれいになる”という合理性について考えることが、すごく好きでした。
人が休む場所を整える仕事は、とても尊いものだと感じました。
「身体を使って空間を整えることで、自分自身も整っていく。」
その感覚は、私を静かに立て直してくれました。
そして、それらの時間の全てが今につながっていると思います。
母が体調を崩したことをきっかけに、私は自分の会社を立ち上げました。
自分自身に看板を立てたいという思いと、誰かのために何かをしたいという気持ちが重なったタイミングでした。
「ガリネル」という名前は、ドラえもんの道具、「ガリバートンネル」から取っています。私を通すと、少し違った展開になって出てくる。
主役になるのではなく、完成させる人でもなく、人や表現が次へ進むための“通過点”でありたい。そんな立ち位置が、今の私には一番しっくりきています。
この時間を経て、私は改めて「自分が仕事のどこに喜びを置いているのか」がはっきりしました。
私が一番達成感を感じるのは、自分の手を離れたあと、それが想像を超えたものに展開される瞬間に立ち会えたときです。舞台は、照明や音響、演者、スタッフ、そしてお客さんが入って、はじめて完成します。自分がつくった空間が、誰かの手に渡り、どんな現象を起こすのか、、、。
本番を迎えるとき、「さあ、どうなるんだろう」と誰よりも楽しみにしているのは、たぶん私自身だと思っています。(笑)
マニフレックスのマットレスがやってきてから、本当に起きた時の感覚が冬眠から覚めた時のような、重たい眠りから起きたような感覚があるんです。体と脳が完全に切り離されて、体は重量のあるものとして、ずしんとこの上に横たわって、頭はそれを感じないぐらい完全に集中して夜寝ている間にやるべきことをやっているっていう、そういうことが「あぁーできてる」っていうのを、手に取るように感じるんですよね。

重いところは、高反発でちゃんと返してくれて、軽いところにもちゃんと触れてるっていうのを感じられる。お水の中に入って、肌が触れてるような感覚で、背中や背面はすべてが着地して支えられているっていうことを寝る間際に毎日感じています。「ちゃんと眠る」っていうことを教えてくれたというか、知らせてくれたっていうことは本当に特別だなと思います。

以前の私は、眠っている時間を「無」だと思っていました。
朝起きてから就寝までが一日で、眠りはその外側にあるもの。
でもこのマットレスに出会ってから、眠るための時間、眠っている時間そのものが、とても大切で密度のある時間に変わりました。
夜、身体を預け、きちんと休み、朝静かに目が覚める。
その流れが途切れず次の日へつながっていく。
今は一日が24時間で満たされ、連続しているように感じます。
眠りが暮らしと仕事を支える時間になりました。
「眠りの大切さを知る」ということは、暮らしに対する概念を変えるような哲学的な事だと思っています。
ショールームでの体験は、とっても覚えているんですけど、こんな顔をお仕事の方に見せていいのかなっていうぐらい多分とろーっとしていたと思います。
この後の打ち合わせで何か発言権を持って何か言っても、あまりこう効果ないなっていうぐらいとろーんとしたっていう感覚がすごい驚きでした。
誰もが日々欠かさない「眠る時間」。
まず、その大切さをあらためて見つめ直し、
身を委ねるマットレスにこれまで以上に関心を持つきっかけになってもらえたらと思いました。
そして、マットレスは最高のインナービューティーだと気づきました。誰もが日々かかさず迎える「眠る時間」は、起きている時間の質をグッと上げてくれます。
恋人や休日の過ごし方、ファッションを選ぶように、“自分らしい眠り”を見つけて欲しい。都会の中心にマットレスを並べることで、“眠り”をもっと身近に、もっと自由に感じていただきたいと考えました。

ヤマザキマリさん描き下ろし作品の世界を立体空間で体験

レイヤー化されたヤマザキマリさんの作品は
人気のフォトスポットに
好きな位置に立つことで異なるさまざまな写真が撮影できる
イベントに携わって、私自身が眠る環境・時間に対しての意識が変わりました。眠りの質の良さは、自身の健やかな活力の源。
これからも、もっともっと多くの方々にマニフレックスを知っていただきたい!と思っています。

南さんの手により巨大化したヤマザキマリさん描き下ろし
「眠るレオナルド・ダ・ヴィンチ」
様々な分野で活躍するエキスパートや著名なゲストを招き、ゲストのライフスタイルや価値観に焦点を当てて日常生活に活かすヒントを提供するマニフレックスの連載企画
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