映し、映される
俳優ってすごく「ミラーする力(見たものを自己に投影する力)」がある人たちです。
ですから、同じ俳優だったとしても彼らを扱う人によって写し撮られるものが全く異なりますし、作品によって顔つきが違ったり、ちょっと感じが変わって見えたりします。
見栄えや容貌の面ばかりではなくて、こちら作り手の中身が、そのまま俳優に映ってしまう。出来上がった作品を見返すと、キャストの容姿も含めて、それを作る監督や現場の雰囲気になっていることが多々あります。
たとえば今も、この空気感が私に投影され、また皆さんに対しても移って、
場そのものが映し出された「お互いの状態」で出来上がっているように思うわけです。
人ですから、場合によってはネガティブな気持ちになる時もありますが、そういうものも映ってしまう。
常に楽観的でポジティブな方がいいとは思いますが、そんな時ばかりではありません。そういうことも含めて、人間性が映ると思うんですね。
相手に映し出されないように気をつけて、自分自身を無機質な存在でいようとしてもそれさえも映る。つまり二ュートラルに自分を保つことが、美しい関係のかなめだと思います。
『美』を判断する仕事
僕の仕事は「客観を担当する」という側面がありまして、作品上で客観的に見て「本当に正しいかどうか」ということを「美的」、「容姿的」な観点から判断するお手伝いをしています。
監督は作る側ですから主観になるし、俳優はペルソナそのものですから客観ではいられない。ですから、「客観的に見て正しいかどうか」の判断が必要になります。
素晴らしい作品というのは、どのような種類のものでも、どれもすごく些細で、繊細なところまでチューニングされています。
監督もプロデューサーも俳優も、いちばん献身するべき対象物は「作品」そのものであることを見失わないのが、極めて大事な客観性でありコンセンサスです。
撮影中のスタジオ控え室に缶詰になってデザイン画を描くこともある。
京都で衣装に使う反物を選ぶ。膨大な量の中から役柄にふさわしい色・柄・質を見つける。
時に極寒の豪雪地帯のロケ現場で撮影に立ち会うことも…(NHKドラマの撮影にて)
それ、いいんじゃない?
どなたも若いころには、他人の言うことを聞くことで、「自分の作家性が損なわれるんじゃないか」とか、「これは自分の作家性じゃない」みたいに考える時期もあるかもしれませんが、少なくとも僕は、今はそのような考えにはありません。作家性というのは作品を通じて滲みでてくる「自分の表れ」だと思うのですが、「作品に参加しさえすれば、それがもう作家性になる」と信じられるようになったからです。
だから、監督が「こうしたい」と言うことも、俳優から「こんな感じがいいんじゃないですか」と言われることも、大概のアイディアは聞くようにしていますし、逆にそれらは自分の作家性に寄与していると思っています。
「それ、いいんじゃない?」って。
その選択をしていく方が、物事がポジティブに転がりやすくなるし、そのやりとりで自分を殺しているわけでもありません。
仮に、自分の考えではないという理由から、他人の提案や反対意見を拒んだとしても、
その基準は僕という狭い枠の、“人間が考えられる範囲の知性に過ぎない”という側面もあります。
創作の過程には、「相手が予想外の情報を伝えてきた」という、「偶然性」を折り込んでいるケースが少なくありません。したがって、自分に起きる流れを含めた全体像が、「作家性」そのものなのだろうと思います。
「偶然」を引き寄せる人
「偶然は必然だ」とよく聞きますけれども、僕もそう思っています。
一見するとネガティブなことでも、大袈裟に言えば、宇宙的な視野で全体像を捉えた時には、実はポジティブに流れている。そもそも出来事に意味をもたらすのは人ですから。
偶然って、自分の器の外界にあるものだと思います。
自分の器を超えていくという態度は、外界から飛び込んでくる「偶然」に対して、「自ら良い意味づけをしていくこと」のように思えます。
自分に対して起きていること自体は無意味だけれども、自分にとって意味があると自分自身が思うことが、その後の良い流れを決定づけていくのではないか、という考えです。
「良い意味がある」と思う方が、偶然を取り込める面がありますね。
固定観念をいったん外して、「これは偶然のように見えるけれど、必然ではないかな」という構えで生活を繰り返していくうちに、それがスタイル化して、身体に入り、「偶然を引き寄せる人」のような体質になってくる。そんな気はします。
「偶然」をどう捉えるのか?と言うことは、自分の中で創作上の大きなキーになっていますね。
芸術は暮らしの中に
「作品をつくっている」というのは、作業中に限らず、普段から脳内で非常に突飛で、一見バカげたことが起きているんです。脳の中でシェイクスピアの登場人物が歩いていたり、仮面ライダーが飛んでいたりとか、今だったら野田(秀樹)さんの舞台の準備をしているんですけれども、野田さんの舞台に出てくる登場人物って、夢のような、相当おかしな人たちばかりで、そのおかしな人たちが脳内でいろいろしているわけです。脚本を読んで、その内容が脳内に飛んでいると、もうその非日常的な出来事が“日常”なんですね。
つまり少なくとも僕にとって、「暮らし」と「芸術」には、境界線がないということです。
今日青山通りを歩いてきて、視界の向こう側にフッと意識が向いた時に「いい光だな。」と思った瞬間があって、その自然と人工が混じり合った風景に対して、とても芸術的な感覚を抱きました。それこそ特に意味もなく感じたわけです。
その瞬間には、何に使うのかわからない情報だけれど、そういう記憶が自分の中でレイヤーになっていて、ある時全く違う形で、自分も気がつかなかったような場面に出てくる。
そのようなサイクルが、「暮らし」と「芸術」の関係性だと思います。
コーヒーや紅茶を楽しむ時間とともに、少しずつ増えていった愛用のケトル。
移動の多い仕事に寄り添う相棒。ブレディーの「アリエル・トラウト・ラージ」は、長く使い続けてきた頼れる存在。
新しい開拓、眠りへ
食べるものはかなり気をつけてきたんですが、
“睡眠そのもの”にアプローチするっていう発想は、実はあまりなかったですね。
眠りが変わるということは、自分が意識していなかった部分のクオリティーが上がるということだと感じます。
今回マニフレックスを体験して、“あ、まだ自分が触っていなかった領域があるんだ”という新たな発見がありました。
自分が知らなかった領域が分かって、かつ、クオリティーが上がったら、今は想像し得ない、さらにまた別の領域のクオリティーが上がる可能性すらありますよね。
眠ることの前段階としてマットレスがあって、それが眠ることと繋がっているのですから、寝具を正しく選ぶということは、間違いなく暮らしのプラスになるでしょうね。自分のクリエイティブにもポジティブな影響があるだろうことは簡単に想像できます。
“これは新しい開拓だな”って実感しました。
初めての
マニフレックス体験
本当にすごく気持ちいいです。
最近寝不足なので速攻行けますよ、違う世界に。
僕ちょっと猫背なので、寝ている姿勢が少し不安定で、いつも無理な感じがしているんです。
これはちょうどいいところに収まる感じがあります。
これは強烈だなぁ。本当に驚きました。よもやこんなにびっくりするとは思わなかったです。
最新のパッケージ技術により梱包資材が大幅に削減された日本上陸30周年記念モデル「エコサンドロ」は捨てるゴミが驚くほど少ない。
これで来ちゃうんだ凄いですね!この紺色もすごくいい色ですね。
マニフレックス独自開発の素材「エリオセル®」は高反発でしっかりと身体を支える。
しっかりしているんだけど、最終的なところがふわっとしていますね。これすごく気持ちいい。
一番人気のまくら「ピローグランデ」の素材にふれる。
これ人気だと思う!これいいですね。ちょっとはんぺん感がありますね。僕おでんでははんぺんが一番好きなんです。(笑)
なるほど。これは素晴らしい。
女優まくら「フラットピッコロ」は持ち運びもコンパクト。
枕がまた難しくて。僕、本当に枕に悩んでいたんですよ。これなら撮影にも持っていけますね。
マニフレックスを使い始めて
幸せになるマットレス
本当に素晴らしい寝心地です。
今までベッドに対してここまで感動したことはありません。
家内は歌を練習しているのですが、発声が全く変わると言っています。
私はベッドに入ると即座に熟睡していて、
「幸せになるマットレス」と我が家では呼んでいます。
柘植伊佐夫さん
ご愛用モデル
エルゴトッパー
側地にエリオセルMF®・エリオセル®・エリオファイバー®の三層構造を内包。しっかりとした厚み。
ピローグランデ
ヨーロッパ一流ホテル仕様の70 × 45cmラグジュアリーサイズのベストセラーまくら。
KOOGEN代表 | 人物デザイナー | 衣裳デザイナー | ビューティーディレクター柘植 伊佐夫さん
人物デザイナーとして、映画・ドラマ・舞台の登場人物をトータルで設計する。NHK大河ドラマ『龍馬伝』で大河史上初の「人物デザイン監修」を担当し、人物造形の新しい職能を開拓。
近作に、Netflix『10DANCE』『ガス人間』、NHKドラマ『泉京香は黙らない』『魯山人のかまど』(サイモン・ペッグ氏担当)、舞台『華氏マイナス320°』『AmberS-アンバース-』『リア王』など。
「人物デザインの開拓」により第30回毎日ファッション大賞鯨岡阿美子賞受賞。近著に『美人』(サンマーク出版)がある。2025年よりNHK文化センター青山において、対談シリーズ『美人百様-美しさをひもとく-』を開講する。
輝く暮らしは睡眠から